オントロ Photoblog

カメラで描く日常と非日常

茨城のB級スポット「東筑波ユートピア」に行った話 後編

前編はこちら
dorapon10.hatenablog.com

前回のあらすじ:このB級スポットの全貌を知ることが出来るかもしれない「東筑波ユートピア資料館」を発見した。中に入るとそこは...

かつて飼育していた動物たちが剥製となって展示されている。外を見る限り、お世辞にも豪華な動物園とは言い難いが、昔は相当数の動物達を飼育していたことが伺える。オルガンや昔の農具までもが展示されているが...これはB級スポットならではだろう


さらに奥へと進むと、唐突に御神体のお出ましだ。これもB級スポットならではだ。

建物の2階は猿の檻になっているが、外に出て見てみると大きな檻だ。園内案内図を見ると、裏手に山があり、上っていくと「イノシシ農園」なるものが鎮座している、とある。興味があるので、見に行ってみる。


山道は急峻な上り坂で、かなりきつい。

山道に沿うかたちで、非常に長い滑り台がある。これ、滑れるのだろうか。カメラが怖いので試さなかったが...

時季外れのアジサイ


あった!急峻地でイノシシが飼育されている。

さらに上ると、何があるのだろうか。気になったので進んでみると...

こ、ここは、グライダーの発進基地か!?
山を登ること15分、遂に見晴らしのよい地点に到着する。

ハンモックが掛けられていたので、さっそくお借りする。

夫婦トンボだろうか。

ハンモックに揺られ、よい眺めを見ながらしばし瞑想する。
麓からは相変わらず、「東筑波ユートピアの歌」が流れ続ける。よく聴くと、この意味と脈絡のない歌詞と、男女素人の歌声と、古いスピーカー独特の中音の強いメロディーからは、何とも言えない物悲しい哀愁が、漂っている。

み~んなみ~んなえ~がおの~♪
ゆ~らゆ~らえ~がおの~♪
ユ~ト~ピア~♪
ユ~ト~ピア~♪


......
...



東筑波ユートピアが開業したのは、今から40年以上前のことである。かつて、そこは繁栄していた。全盛期にはクマや鷹、ベンガルトラまで飼育しており、人の集まること甚だしかった。敷地は家族連れや子供たちの喜ぶ声と、動物たちの鳴き声でいっぱいであった。


時は経ち、高度経済成長もバブル景気も終焉を迎えた。旧八郷町(現・石岡市)一帯も少子高齢化の波を受け、また動物や設備も齢を重ね、次第に訪れる人も少なくなった。インターネットの普及やつくばエクスプレスの開業が更に追い打ちをかける。檻の金属は錆び付き、往年の派手さと現在との時代の差を厳然と感じさせる。もちろん、経営の危機に陥っても捲土重来、再び名声を博すことも不可能ではない。旭川動物園などはその最たる例だろう。しかしながら、この東筑波ユートピアは、立地が悪すぎる。最寄りのバス停からは徒歩五十分、大型バスの入れない山道。この施設がはじめて建った時は、それでもよかったのだ。だが、時代は変わった。


なぜここがユートピアと名付けられているのかは、わからない。
ユートピアとは「理想郷」のことだが、最初にこの概念を提唱したのはイギリスの思想家・トマス=モア(1478-1535)である。彼はキリスト教的価値観に基づき、私有財産制の否定や理性に基づき平等に統制された社会のことを「ユートピア」とした。
ユートピアはこの世界に存在しない理想世界なので、あえてそれを描くことは、社会風刺や価値観批判といった意味をも帯びることになる。モアのユートピア論はその後時を経て、社会主義運動へと影響を与えていくこととなる。
私たちが「理想郷」という意味としてユートピアというとき、それはモアの定義とはやはり異なる。個人的には、ユートピアとは、社会的リソースが個人個人で無尽蔵に用意できるために資源分配や労働の必要がなくなった(しかしながら人的交流の手段は確保されている)世界、もしくはJ.J.ルソー(1712-78)が「自然に帰れ」と主張したところの平和的な無政府状態のどちらかではないかと考えている。

東筑波ユートピアがわれわれに問うているのは、まさしく「ユートピアとはいったい何か」という根源的な問いである。まず、これは人間にとってのユートピアなのか、それとも人間と動物を巻き込んだ双方にとってのユートピアなのか、ということを考える必要がある。人間にとってのユートピアは、ほとんどの場合、動物にとってのユートピアではない。食物連鎖の都合もあり、人間は何らかの形でほかの動物を消費するからだ。
もし、往年の東筑波ユートピアが、人間、動物、あるいは双方にとってのユートピアを模索していたのであれば、あえて非常に厳しい立地にこの施設が存在している理由となるであろう。しかしながらひとつ言えるのは、ここが人々にとってのユートピアではなくなりつつあるということだ。理由を挙げるならば、時代の変化だろう。2000年代前半、容易にインターネットに接続できるデバイスが普及したことで、子どもたちにとっての理想郷が、現実世界からインターネットの仮想世界へと移ったことがあった。しかし今や仮想世界は安住できる世界ではない。そこでは承認を巡る戦いが繰り広げられているのだが、それはまた別の話だ。いずれにせよユートピアは自然世界のみによって構成されるものではなくなっている。


現在の東筑波ユートピアは、かつて経済成長の勢いから、自らがユートピアを造ろうとしたこと、そしてその試みが失敗に終わったことの自己批判として、今なお石岡市の山中で鎮座し続ける。まるで自らが忘却の彼方へと追いやられようとしていることに対して抵抗するかのように、「東筑波ユートピアの歌」を流しながら、今日もなお、営業を続ける。

み~んなみ~んなえ~がおの~♪
ゆ~らゆ~らえ~がおの~♪
ユ~ト~ピア~♪
ユ~ト~ピア~♪



おしまい

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